カテゴリー「お お月見」の記事

2018年5月25日 (金)

第382号 「日頃気になってた事を書いてみました」

<今回の執筆者:お月見>
  プロフィール:
   http://www.stageup.co.jp/lps/mail_magazine.html#otukimi
 
 
 
こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
先日の天月先生のメルマガ、「経済とリンクさせる」という考え方は、とても刺激を受けました。
 
私は、介護している母、娘を通じて、
「福祉」でお金を支給される、だけでなく、こちら側もお金の流れに参加出来る方法はないのかな
と考えていたので、それを勇気を持って書いてみました。
 
 
福祉行政と経済をリンクさせて、お金が回る福祉にするには?
 
1.
・様々な障がいを持った人の、たった1つの、でも、特別な特技と、様々な、細かな「何か」を求めている企業、個人とを、結ぶ会社を行政と連携して作る。
(これは、少しずつ出来てきています。)
 
2.
・高齢者施設と日帰り温泉が、行政と連携して一緒になる。
・入所者が入るお風呂と別に、見舞いに来た人など一般の人が入るお風呂がある。
・入所者でもやる気のある人たちは、タオルをたたむなどの、「仕事」をしてお金を貰うシステムを作る。
・施設の壁、送迎車、車椅子など使えるものは企業の広告となるようにする。(もちろん、センス良く)
 
3.
・働くママ、パパたち(もちろん、専業で子育てをしている家族も含めます)から、夕御飯を作る作業を無くして子供たちとゆっくり過ごして貰う。
→集合住宅とファミレスが一緒になる。
・一階が大きなレストランになって、夕御飯を契約した家族(行政の補助で安くする)が夜ご飯を食べる。
・別のフロアは一般の客。
・ママたちは買い物をすることなく保育園に子供を迎えに行き、子供たちとレストランでご飯を食べる。
・後からパパも食べることが出来る。
・住宅に住んでなくても、申請して受理された人は契約して安く食べられる。
↑これが一番、力が入ります。
 
・「ご飯は手作りシナケレバ子どもに良くない」っていうような神話?は、もう止める。
・パパ、ママが忙しい → 子どもたちがパパ、ママとゆっくり出来ない。
 
これでは本末転倒ですから。
 
 
子どもたちは、日本の、世界の宝。
たっぷりパパ、ママに甘えて、愛情を心深く植えて、スクスク育って欲しい。
そのために、パパ、ママに、すこしでも、「余裕」を持って頂きたい。
 
ずいぶん乱暴な書き方をしてしまいました。
すみません!
 
皆がイメージや想像を、とにかく、話してみる。
それが大事かな、と考え、書いてみました。
みんなで、いろいろ考えて、楽しみながら、やっていけたら良いですね!
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2018年3月30日 (金)

第375号 「愛鳥ぴー助が逝ってしまいました」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
夫は、会社を休職~退職、に向けて現在進行中です。
母のこと、娘のこと・・
 
そんな中で、家族の一員だった、セキセイインコのぴー助が、1月に、突然、死にました。
ペットロスと言うのでしょうが、ただ、ただ、呆然と、なんとか日常を送っています。
 
なんで、こんな気持ちになるんだろう?
整理はつきませんが、前に進むために考えてみました。
 
ぴー助は、私の心の核に触れてました。
 
日々を送るなかで、気づかぬうちに、神経をすり減らし、やっと、1人になって、座り込むと
「待ってました!」
とばかりに、ぴー助は、籠から飛び出して私の肩で歌い、うとうと居眠りする私の鎖骨の辺りでのんびり毛繕いをしてました。
 
この世界に、一人ぼっち、と何故か、激しく孤独を感じる時、ぴー助は、一緒に居てくれました。
 
それは、永遠に続くような
いや、次の瞬間には無くなってしまうことなのだから、
覚悟をしてなきゃ・・
 
と、いつも思ってたのですが。
 
ぴー助は、突然死んだのではなく、寿命だったのだと、解って来ました。
昨年末から、具合が悪くなっていましたが、春になって暖かくなれば、元気になると楽観してました。
でも、実は、かなり老いていたのでした。
 
大きな自然の、目に見えない膨大なパワーと、ちっぽけな私との間に居て繋げてくれていた。
その、架け橋の存在だったぴー助が消えてしまって、
 
 
「自然の存在」は以前より、一層、解るのだけれど、
私とは、切り離されたところで輝いているような・・
なんだか、大自然のパワーに手を離されて、見放されてしまったような、
それで、迷子の子供のような気持ちになってるのかも。
 
という考えになって来ました。
 
ぴー助のからだの重さは、卵1~2個、くらいだったと思います。
 
その、小さいけれど、ずっしりと感じていた重さ、が、
今、私の肩に無いことがとても、とても、寂しいです。
 
でも、あくまでも、これは、私の心の中のこと。
 
 
ヒトとして、大人として、社会人として。
主婦、妻、母、娘、として
懸命に生きて行きます。
 
 
 
聞いて頂き、ほんとうにありがとうございました。
 
 
 
 
 

2018年1月12日 (金)

第363号 「我が家の一大事!」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
今回は、私と夫とのことを整理したく書きました。
 
というのも、夫が「うつ」になってしまい、数年後に定年、という所で、
会社を休職、退職という方向に向かっているからです。
 
我が家の一大事!あたふた、してます。
だから、ここで心を落ち着けたい、と思いました。

 
私と夫は、仲の良い夫婦だと思います。
 
親、娘、友人より一緒に居て寛げる存在。
友人からは
 
「信じられない」
「無理してるんじゃないの」
「旦那さんが我慢してるんじゃないの」
 
などと言われます。
 
夫とは、18才と20才で出会い、ずっと友達でした。
いろいろあって10年後に結婚し、ほとんど夫の収入だけで生活してきました。
 
娘が生まれた時「俺が出産したかった」というほど子どもを可愛がり、
次女が精神的に深刻な状態だった時には、仕事の作業着のまま、診察に何度も行ってくれました。
 
けんかもするし、お互いに、我慢もしています。
それでも、やはり、一番そばに居て、喜びや困難を、共に過ごしてきた。
これまで、家族の経済、基盤をしっかり支えてくれた夫なので、
なんとか、心健やかに生きて欲しい。
 
そのために、今、改めて、ライフ・パラダイム・シフトを。
 
強い信念は現実となる。
人事を尽くして天命を待つ。
笑う門には福来る。
 
ただ、天月先生のブログや、肌で感じる日本の状況の中でのこれからの生活は、とても厳しいものになる、と思います。
今までと違う生活の仕方を、本気でしていかなければ。
 
 
怖いけれど、震えるけれど、しっかり歩いて行きます。
 
 
 
これからも、よろしくお願いします。
 
 
 
 
 

2017年10月 6日 (金)

第350号 「母の介護で悩んでます」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
今回は、介護している、私の母との関係を整理したくて書きました。
 
85才の要介護 1の母とは、介護サービスを利用して私自身が無理しないサポートで、とやって来たのですが、気が付けば振り回され、すっかり私が疲れてしまいました。
 
だんだんと娘の私に依存し、感情だけで、ぶつかって来る母。
なんとか、この関係を整理しなければ!と焦ってしまい、かえって拗れて、酷い言葉を言われたり。
言ったことは覚えてなくて、自分が言われたことは、ずっと覚えている。
 
ホトホト参りました。
 
次女が思春期に荒れた時は、命をかけても、向き合わなければ!
と震えるほど恐ろしい中でも、強い気持ちがありました。
 
しかし、母に対しては、そのようには考えられません。
 
私も近い将来、母の年齢になります。
その時、認知症になったり、感情的になったとしても、根っこの魂の部分で
 
「娘たち、自分の人生を、大事にしなさい!」
 
と心底思ってる人間でありたい!と強く思います。
 
今、心情的に母との距離を取るには?
と必死に考え、呼び掛け方を
 
「おばあちゃん」から「A子さん」
 
と、名前で呼び、「~ですね。」と敬語で話し始めてみました。
 
これですら、なかなか難しいですが、不安でドキドキする心臓を押さえながら(>_<)
少しずつ、続けてみます。
 
母と娘の関係、だけでなく近親者との心の問題は、白黒はっきりつけられることではないので拗れると苦しく、辛く、切ない、ですね・・
 
 
まだまだ、整理はつきません。
解決?って、あるんだろうか?
 
と胸苦しい日々ですが、なんとか、私自身の時間も作って、意識的に気を抜くこと。
母と話す時は意識して、距離を保って。
1人で抱え込まずに、周りも巻き込んで。
やっていこう、と思います。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年7月21日 (金)

第343号 「負けるな!女性たち!」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
私が働いている全身揉みほぐしの店に、特に、仕事が出来る女性スタッフが二人います。
 
Aさん。
47才。独身。
10年以上、整骨院で勤務していた。
技術、知識が豊富。
指名客多数。
職人気質、もの静か。
一匹狼的。
自分に厳しいが人にも厳しいので、29才の男性店長からは、一目置かれながらも、煙たがられている。
男性っぽく見えるが実は女性的、と私は思っています。
Aさんは私に、自分の大切な技術をたくさん教えてくれました。
 
Bさん。
41才。既婚。子供1人。
10年以上、ロミロミなどリラクゼーション業界にいた。
手技、心地好いタッチなど多彩。
指名客多数。
感覚的。華やか。皆をエネルギーで巻き込む。
店長が、して欲しいと思うことにもよく気がつく。
店長から特別に信頼されている、と周りは感じている。
女性っぽく見えるが実は男性的、と私は思っています。
私が苦しかった時期に、親身にサポートしてくれ助けてくれました。
実は、影で様々な努力をしている人です。
 
二人に共通しているのは、プロ意識が高い。
二人は、それぞれ素晴らしい能力、気配りなどがあります。
でも、残念ながら、個々に。なのです。
 
二人は、お互いの能力を認め合っていると思うのですが、別々、なのです。
二人が心開いて手を組んだら、落ち着いた安定感を、華やかで明るいエネルギーが包み込んだ心地好い店になるんじゃないかと考え、
 
29才の若い男性店長に
 
「二人を対立させてたらもったいない。二人が協調し合えるように店長が促せば、来客数が上がっていくと思います!」
 
と意見しました。
正義、正しいことを、そのまま相手に言っても、感情的になるだけで良い方には向かいません。
 
自分の意見を通すために、相手の得になることは何だろう?と考えるようにしています。
これ、司馬遼太郎の「竜馬が行く」を読んで、竜馬の思考回路を実践してるんです。(*^_^*)
 
 
年長のパートのオバサンの私ですが、若い女性が自分を発揮出来るよう、影ながら応援してます!
 
負けるな!
女性たち!
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年6月23日 (金)

第339号 「私と娘の事を整理してみました」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
優月さんのメルマガを読んだら、以前から書いている、次女と、母である私、との事を整理したくなり、考えました。
 
これは、いろいろな事が解った今だから、出来る事だと思います。
 
 
次女の気質は、繊細で非常にデリケート。
 
赤ちゃん時代~幼児期にアトピーもあり、本人は、抱っこされたいのに、抱っこされると皮膚がざらざらしてたそうで、私が抱っこすると、身体を反らせて嫌がった。
もともとスキンシップが苦手な私は、せっかく抱っこしても、嫌がる次女に、心の中で(あんまり抱っこしたくないなあ)と思うようになりました。
 
また、次女には発達障がいがあります。
次女の場合は、ほんとうに微妙な所だそうですが、言うこと、やることが、少しずつ、ずれていく。
 
この程度の障がいでは、多くの人が社会で生きています。
次女も小学5年までは、必死に周りに付いていっていました。
そして、母である私に
 
「お母さん、誉めて。」
 
と必死に自分の存在を(これでいいんだ)と認めようとしていたのですが、
母である私は
 
「そんなに頑張らなくていいよ~」
 
の返事。
 
次女は、混乱し、寄る術もなく疲れ果て、やがて、怒りを暴力に変えて、自分自身と私に向けて来ました。
家庭内暴力、リストカット、自殺未遂
 
 
そこから10年が過ぎ、私も次女も、お互いに、これらを分析し合えるまでになりました。
 
 
パラダイム・シフトは出来ます。
 
「気がつく」
 
かどうか、が鍵、だと私は思います。
気がついたから、改めて、変えて行った。
時間がかかりました。
良くなった、と思ったら戻ってしまう。
 
 
私が学んだことの1つが「忍耐」です。
「我慢」ではなくて、一瞬を実感しながら、希望を胸に信じ続ける。
 
娘は、母である私を求めている。
私は、娘をいとおしく、愛している。
だから、諦めることを選びませんでした。
これが「忍耐」だと考えています。
 
ようやく、ここまで整理出来る所まで来ることが出来ました。
きっかけを下さった優月さん、
メルマガを書く、という場所を提供して下さってる事務局の皆さん、
読んで下さってる皆さん、
 
 
ありがとうございます。
 
 
 
 
 

2017年5月26日 (金)

第335号 「40年経って解ったこと。」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
先日、今から40年前の高校時代の部活(ソフトボール)の顧問だった先生と奥様を囲んで、
当時の部員(現在みんな、60才前後!)20人位で楽しい時間を過ごしました。
 
先生も奥様も、もう90才になるお年ですが、本当にしっかりされていて、
「さすが先生だね~」と皆で言い合いました。
 
今でこそ、私も一緒に嬉しい気持ちですが、高校のソフトボール部時代は、私にとって、長いこと思い出したくない記憶でした。
 
 
何故か、キャプテンだった私は、毎日、先生に
 
「お前、キャプテンだろ、しっかりしろ!みんながダラダラしてるのは、お前の責任だ!」
「下級生を怒鳴ってでもなんとかしろ!」
 
と怒られてました。
もう、死にたい!って思うほど辛かった日々・・
 
卒業して社会人になって、心に誓ったのは(もう、絶対、リーダーにならない!)ってことでした。
気がつくと私は、いつも、リーダーの側にいる位置にいました。
リーダーの孤独や苦しさが解る。
リーダーが伝えたいことを言葉を変えて他の人に伝える・・
そんな立場、です。
 
あれから、40年経って、やっと、
 
「先生、ありがとうございました。あの時代があったから、その後の人生を頑張れた。
当時の私も、よく辞めずにやり抜いた。
そして、先生は、当時の大切な自分の時間を奥様も巻き込んで、私たちのためにたくさん使って下さった・・
ほんとうにありがとうございました。」
 
と心から思えるようになりました。
 
 
 
長く生きてきて、やっと解る、ってことがあるんですね。
何か、心がほのぼのする、今日、この頃、です。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年5月12日 (金)

第333号 「覚悟を決める、ということ」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
私は仕事でリラクゼーションマッサージを15年、少しずつ続けているのですが、どうも自信が持てずに来ていました。
 
学校にも行き、勉強のために、いろいろな店に受けに行ったり、教えて貰ったり。
筋肉の図解本や解剖学の本など、疑問に思ったことは、なんとかして納得したい、と自己流ですが学んで来ました。
 
それでも、自信が持てずに過ごしていたのですが・・
 
 
それが、少し前に、大切な友だちが
「マヤ暦で、あなたの事を見てみましょうか?」
と言って下さり、
 
私は、即、
「お願いします!」
と、みて貰いました。
 
それに寄ると、私は、
 
手を使って認識する。
私の手は人を癒すことができる。
 
とありました。
 
これまでにも、そのような力がある、と言われたことがありました。
そのような体験をしたこともありました。
それでも、自信が持てなかったのですが・・・
 
今度ばかりは、気持ちを決めました。
 
 
自信を持つ、というよりは
覚悟を決めた。という方がしっくりきます。
私は、今まで逃げていた。
「いえいえ、私にはそんな力はありません。」と。
 
でも、今回は、こう、考えました。
 
私に人を癒す力があるわけではない。
癒す力を注ぎ入れるための、道具、となる「手」を持っているのだ。
それならば、その手は使わなければならない。
私が日々やるべきは、いつでも力を注げるように、心、身体を澄ませて、指、体重、などが真っ直ぐに施術している人の深部に届いて、広がるように、学び続けること。
 
そう決心してから、私は変わりました。
15年続けてきたことが、流れとなって溢れ出した、という感覚です。
 
 
たかがリラクゼーション、されどリラクゼーション。
 
心地好い、という感覚は、それぞれのお客様に委ね、私は淡々と、この手を使っていこう、と思っています。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年4月14日 (金)

第329号 「いつも、いつでも明るくいたい!」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
今回は、日常を暮らしながら、こんなことを考えました。
 
 
私は、仕事はしていますが家にいる時間が長いと思います。
次女はほぼ毎日居り、夫と長女の仕事の休みは不定期で
「あれ、今日は休みなの?」
ということもしばしば。
 
そんな中で、「なんとなく」過ごしていると
いつの間にか、ぼんやりと落ち込んで、イライラしていたりします。
 
 
話変わって。
 
昔々、狩りをして生きていた頃の人間は、怒りや恐怖を感ずると直ぐに、
戦うか逃げるか出来るように集中していて、身体も直ぐに動けるように物質を作り、
筋肉に送り込んでいたそうです。
そして、獣が現れたら、身体全部を使って、逃げるか戦うかしていた。
そうしなければ、獣に襲われて死んでしまいますから。
 
現代の私たちの身体もそのようになっているそうです。
しかし、実際に身体全部を使って、走って逃げる、腕を使って戦う、ということは、ほぼ無くて、
むしろ、怒りや恐怖の時、じっと我慢して動かないことのほうが多いのではないでしょうか?
何しろ、現代の怒りや恐怖をもたらす相手は、獣でなく、人間なわけですから。
(他にもあるでしょうか?)
 
この時、エネルギーとして使われることのなかった身体の中の物質が、だんだんと澱のように溜まっていくと
首や肩を凝らせ、体内の循環を滞らせてネガティブ思考ルートを作ってしまう・・・
 
ほんとうは、正直な感情を出して、ぶつかったり、許したりするのが良いと思うのですが、現代では、なかなかそれは出来ません。
 
 
では、どうすれば良いか?
 
ただ、なんとなく過ごしてしまうと、人間の精神は元気がなくなると認識して、
常に、意識してポジティブな自分を保つ努力をすること、と考えました。
 
 
笑ってみる。
それを鏡で、見る。
歩いてみる。
「出来る、やれる!」と声に出して自分で、自分の言葉を聞く。
たまには、怒って、ぶつかって言い合う!
 
これも大事、ですよね。
我慢するのでなく、忍耐することを学ぶのも、私にとっては必要だと考えています。
 
 
長くなりました。
日常こそ、大切に、慈しんで暮らしたいと思っています。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年3月17日 (金)

第325号 「夢からのメッセージ」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
今回は睡眠中に見る「夢」のことです。
 
 
夢は自分からのメッセージ。
と思い、何年か前に、夢占いの本を購入しました。
たくさん並んでいる中から、今の本を選んだ決め手は、アドバイスが親切で前向き、だったからです。
購入当時は、毎日のように開いていたので、そのうちに、自分の核となる事柄がわかって来ました。
 
「家」→自分に対するイメージ、安らげる場所、経済的基盤、など。
「食事」→精神的、金銭的豊かさ、物事を吸収すること、対人関係を示す、
 
などがあります。
これらを踏まえて、現実と照らし合わせます。
 
例えば、先日、ちょっと自信をなくした時、こんな夢を見ました。
 
大きな、居心地の良さそうな、木の家の中。
元気な女性が何人も、それぞれの部屋、スペースで、それぞれの仕事をしています。
20代~40代。個性的で、元気な人たちです。
住み込みの人、通いの人、みんな一緒に朝ごはんを食べるそうで
大きなお釜に湯気の立ったご飯が、たっぷりありました。・・
 
この夢から感じたことは、
 
私は、1人ではないんだ。
私の中の、大勢のスペシャリストたちが、私のために頑張ってくれている・・
 
私は、私自身から、たっぷりのエールを貰いました。
 
 
そして、優月さんが書かれていたように
 
「私は私よ」
 
と笑って、
 
「私は出来る!」
 
と声に出しています。
 
 
 
継続は力なり。
続けます。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

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