カテゴリー「お お月見」の記事

2017年10月 6日 (金)

第350号 「母の介護で悩んでます」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
今回は、介護している、私の母との関係を整理したくて書きました。
 
85才の要介護 1の母とは、介護サービスを利用して私自身が無理しないサポートで、とやって来たのですが、気が付けば振り回され、すっかり私が疲れてしまいました。
 
だんだんと娘の私に依存し、感情だけで、ぶつかって来る母。
なんとか、この関係を整理しなければ!と焦ってしまい、かえって拗れて、酷い言葉を言われたり。
言ったことは覚えてなくて、自分が言われたことは、ずっと覚えている。
 
ホトホト参りました。
 
次女が思春期に荒れた時は、命をかけても、向き合わなければ!
と震えるほど恐ろしい中でも、強い気持ちがありました。
 
しかし、母に対しては、そのようには考えられません。
 
私も近い将来、母の年齢になります。
その時、認知症になったり、感情的になったとしても、根っこの魂の部分で
 
「娘たち、自分の人生を、大事にしなさい!」
 
と心底思ってる人間でありたい!と強く思います。
 
今、心情的に母との距離を取るには?
と必死に考え、呼び掛け方を
 
「おばあちゃん」から「A子さん」
 
と、名前で呼び、「~ですね。」と敬語で話し始めてみました。
 
これですら、なかなか難しいですが、不安でドキドキする心臓を押さえながら(>_<)
少しずつ、続けてみます。
 
母と娘の関係、だけでなく近親者との心の問題は、白黒はっきりつけられることではないので拗れると苦しく、辛く、切ない、ですね・・
 
 
まだまだ、整理はつきません。
解決?って、あるんだろうか?
 
と胸苦しい日々ですが、なんとか、私自身の時間も作って、意識的に気を抜くこと。
母と話す時は意識して、距離を保って。
1人で抱え込まずに、周りも巻き込んで。
やっていこう、と思います。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年7月21日 (金)

第343号 「負けるな!女性たち!」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
私が働いている全身揉みほぐしの店に、特に、仕事が出来る女性スタッフが二人います。
 
Aさん。
47才。独身。
10年以上、整骨院で勤務していた。
技術、知識が豊富。
指名客多数。
職人気質、もの静か。
一匹狼的。
自分に厳しいが人にも厳しいので、29才の男性店長からは、一目置かれながらも、煙たがられている。
男性っぽく見えるが実は女性的、と私は思っています。
Aさんは私に、自分の大切な技術をたくさん教えてくれました。
 
Bさん。
41才。既婚。子供1人。
10年以上、ロミロミなどリラクゼーション業界にいた。
手技、心地好いタッチなど多彩。
指名客多数。
感覚的。華やか。皆をエネルギーで巻き込む。
店長が、して欲しいと思うことにもよく気がつく。
店長から特別に信頼されている、と周りは感じている。
女性っぽく見えるが実は男性的、と私は思っています。
私が苦しかった時期に、親身にサポートしてくれ助けてくれました。
実は、影で様々な努力をしている人です。
 
二人に共通しているのは、プロ意識が高い。
二人は、それぞれ素晴らしい能力、気配りなどがあります。
でも、残念ながら、個々に。なのです。
 
二人は、お互いの能力を認め合っていると思うのですが、別々、なのです。
二人が心開いて手を組んだら、落ち着いた安定感を、華やかで明るいエネルギーが包み込んだ心地好い店になるんじゃないかと考え、
 
29才の若い男性店長に
 
「二人を対立させてたらもったいない。二人が協調し合えるように店長が促せば、来客数が上がっていくと思います!」
 
と意見しました。
正義、正しいことを、そのまま相手に言っても、感情的になるだけで良い方には向かいません。
 
自分の意見を通すために、相手の得になることは何だろう?と考えるようにしています。
これ、司馬遼太郎の「竜馬が行く」を読んで、竜馬の思考回路を実践してるんです。(*^_^*)
 
 
年長のパートのオバサンの私ですが、若い女性が自分を発揮出来るよう、影ながら応援してます!
 
負けるな!
女性たち!
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年6月23日 (金)

第339号 「私と娘の事を整理してみました」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
優月さんのメルマガを読んだら、以前から書いている、次女と、母である私、との事を整理したくなり、考えました。
 
これは、いろいろな事が解った今だから、出来る事だと思います。
 
 
次女の気質は、繊細で非常にデリケート。
 
赤ちゃん時代~幼児期にアトピーもあり、本人は、抱っこされたいのに、抱っこされると皮膚がざらざらしてたそうで、私が抱っこすると、身体を反らせて嫌がった。
もともとスキンシップが苦手な私は、せっかく抱っこしても、嫌がる次女に、心の中で(あんまり抱っこしたくないなあ)と思うようになりました。
 
また、次女には発達障がいがあります。
次女の場合は、ほんとうに微妙な所だそうですが、言うこと、やることが、少しずつ、ずれていく。
 
この程度の障がいでは、多くの人が社会で生きています。
次女も小学5年までは、必死に周りに付いていっていました。
そして、母である私に
 
「お母さん、誉めて。」
 
と必死に自分の存在を(これでいいんだ)と認めようとしていたのですが、
母である私は
 
「そんなに頑張らなくていいよ~」
 
の返事。
 
次女は、混乱し、寄る術もなく疲れ果て、やがて、怒りを暴力に変えて、自分自身と私に向けて来ました。
家庭内暴力、リストカット、自殺未遂
 
 
そこから10年が過ぎ、私も次女も、お互いに、これらを分析し合えるまでになりました。
 
 
パラダイム・シフトは出来ます。
 
「気がつく」
 
かどうか、が鍵、だと私は思います。
気がついたから、改めて、変えて行った。
時間がかかりました。
良くなった、と思ったら戻ってしまう。
 
 
私が学んだことの1つが「忍耐」です。
「我慢」ではなくて、一瞬を実感しながら、希望を胸に信じ続ける。
 
娘は、母である私を求めている。
私は、娘をいとおしく、愛している。
だから、諦めることを選びませんでした。
これが「忍耐」だと考えています。
 
ようやく、ここまで整理出来る所まで来ることが出来ました。
きっかけを下さった優月さん、
メルマガを書く、という場所を提供して下さってる事務局の皆さん、
読んで下さってる皆さん、
 
 
ありがとうございます。
 
 
 
 
 

2017年5月26日 (金)

第335号 「40年経って解ったこと。」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
先日、今から40年前の高校時代の部活(ソフトボール)の顧問だった先生と奥様を囲んで、
当時の部員(現在みんな、60才前後!)20人位で楽しい時間を過ごしました。
 
先生も奥様も、もう90才になるお年ですが、本当にしっかりされていて、
「さすが先生だね~」と皆で言い合いました。
 
今でこそ、私も一緒に嬉しい気持ちですが、高校のソフトボール部時代は、私にとって、長いこと思い出したくない記憶でした。
 
 
何故か、キャプテンだった私は、毎日、先生に
 
「お前、キャプテンだろ、しっかりしろ!みんながダラダラしてるのは、お前の責任だ!」
「下級生を怒鳴ってでもなんとかしろ!」
 
と怒られてました。
もう、死にたい!って思うほど辛かった日々・・
 
卒業して社会人になって、心に誓ったのは(もう、絶対、リーダーにならない!)ってことでした。
気がつくと私は、いつも、リーダーの側にいる位置にいました。
リーダーの孤独や苦しさが解る。
リーダーが伝えたいことを言葉を変えて他の人に伝える・・
そんな立場、です。
 
あれから、40年経って、やっと、
 
「先生、ありがとうございました。あの時代があったから、その後の人生を頑張れた。
当時の私も、よく辞めずにやり抜いた。
そして、先生は、当時の大切な自分の時間を奥様も巻き込んで、私たちのためにたくさん使って下さった・・
ほんとうにありがとうございました。」
 
と心から思えるようになりました。
 
 
 
長く生きてきて、やっと解る、ってことがあるんですね。
何か、心がほのぼのする、今日、この頃、です。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年5月12日 (金)

第333号 「覚悟を決める、ということ」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
私は仕事でリラクゼーションマッサージを15年、少しずつ続けているのですが、どうも自信が持てずに来ていました。
 
学校にも行き、勉強のために、いろいろな店に受けに行ったり、教えて貰ったり。
筋肉の図解本や解剖学の本など、疑問に思ったことは、なんとかして納得したい、と自己流ですが学んで来ました。
 
それでも、自信が持てずに過ごしていたのですが・・
 
 
それが、少し前に、大切な友だちが
「マヤ暦で、あなたの事を見てみましょうか?」
と言って下さり、
 
私は、即、
「お願いします!」
と、みて貰いました。
 
それに寄ると、私は、
 
手を使って認識する。
私の手は人を癒すことができる。
 
とありました。
 
これまでにも、そのような力がある、と言われたことがありました。
そのような体験をしたこともありました。
それでも、自信が持てなかったのですが・・・
 
今度ばかりは、気持ちを決めました。
 
 
自信を持つ、というよりは
覚悟を決めた。という方がしっくりきます。
私は、今まで逃げていた。
「いえいえ、私にはそんな力はありません。」と。
 
でも、今回は、こう、考えました。
 
私に人を癒す力があるわけではない。
癒す力を注ぎ入れるための、道具、となる「手」を持っているのだ。
それならば、その手は使わなければならない。
私が日々やるべきは、いつでも力を注げるように、心、身体を澄ませて、指、体重、などが真っ直ぐに施術している人の深部に届いて、広がるように、学び続けること。
 
そう決心してから、私は変わりました。
15年続けてきたことが、流れとなって溢れ出した、という感覚です。
 
 
たかがリラクゼーション、されどリラクゼーション。
 
心地好い、という感覚は、それぞれのお客様に委ね、私は淡々と、この手を使っていこう、と思っています。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年4月14日 (金)

第329号 「いつも、いつでも明るくいたい!」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
今回は、日常を暮らしながら、こんなことを考えました。
 
 
私は、仕事はしていますが家にいる時間が長いと思います。
次女はほぼ毎日居り、夫と長女の仕事の休みは不定期で
「あれ、今日は休みなの?」
ということもしばしば。
 
そんな中で、「なんとなく」過ごしていると
いつの間にか、ぼんやりと落ち込んで、イライラしていたりします。
 
 
話変わって。
 
昔々、狩りをして生きていた頃の人間は、怒りや恐怖を感ずると直ぐに、
戦うか逃げるか出来るように集中していて、身体も直ぐに動けるように物質を作り、
筋肉に送り込んでいたそうです。
そして、獣が現れたら、身体全部を使って、逃げるか戦うかしていた。
そうしなければ、獣に襲われて死んでしまいますから。
 
現代の私たちの身体もそのようになっているそうです。
しかし、実際に身体全部を使って、走って逃げる、腕を使って戦う、ということは、ほぼ無くて、
むしろ、怒りや恐怖の時、じっと我慢して動かないことのほうが多いのではないでしょうか?
何しろ、現代の怒りや恐怖をもたらす相手は、獣でなく、人間なわけですから。
(他にもあるでしょうか?)
 
この時、エネルギーとして使われることのなかった身体の中の物質が、だんだんと澱のように溜まっていくと
首や肩を凝らせ、体内の循環を滞らせてネガティブ思考ルートを作ってしまう・・・
 
ほんとうは、正直な感情を出して、ぶつかったり、許したりするのが良いと思うのですが、現代では、なかなかそれは出来ません。
 
 
では、どうすれば良いか?
 
ただ、なんとなく過ごしてしまうと、人間の精神は元気がなくなると認識して、
常に、意識してポジティブな自分を保つ努力をすること、と考えました。
 
 
笑ってみる。
それを鏡で、見る。
歩いてみる。
「出来る、やれる!」と声に出して自分で、自分の言葉を聞く。
たまには、怒って、ぶつかって言い合う!
 
これも大事、ですよね。
我慢するのでなく、忍耐することを学ぶのも、私にとっては必要だと考えています。
 
 
長くなりました。
日常こそ、大切に、慈しんで暮らしたいと思っています。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年3月17日 (金)

第325号 「夢からのメッセージ」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
今回は睡眠中に見る「夢」のことです。
 
 
夢は自分からのメッセージ。
と思い、何年か前に、夢占いの本を購入しました。
たくさん並んでいる中から、今の本を選んだ決め手は、アドバイスが親切で前向き、だったからです。
購入当時は、毎日のように開いていたので、そのうちに、自分の核となる事柄がわかって来ました。
 
「家」→自分に対するイメージ、安らげる場所、経済的基盤、など。
「食事」→精神的、金銭的豊かさ、物事を吸収すること、対人関係を示す、
 
などがあります。
これらを踏まえて、現実と照らし合わせます。
 
例えば、先日、ちょっと自信をなくした時、こんな夢を見ました。
 
大きな、居心地の良さそうな、木の家の中。
元気な女性が何人も、それぞれの部屋、スペースで、それぞれの仕事をしています。
20代~40代。個性的で、元気な人たちです。
住み込みの人、通いの人、みんな一緒に朝ごはんを食べるそうで
大きなお釜に湯気の立ったご飯が、たっぷりありました。・・
 
この夢から感じたことは、
 
私は、1人ではないんだ。
私の中の、大勢のスペシャリストたちが、私のために頑張ってくれている・・
 
私は、私自身から、たっぷりのエールを貰いました。
 
 
そして、優月さんが書かれていたように
 
「私は私よ」
 
と笑って、
 
「私は出来る!」
 
と声に出しています。
 
 
 
継続は力なり。
続けます。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2017年1月20日 (金)

第318号 「考えると眠れなくなる宇宙のこと。お月見版」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
天月先生が「宇宙が気になる!」ってメルマガで書いてましたが
実は、私も!
 
で、書いてみました。
 
あくまでも、ちょっとの知識と体験から
自分勝手に、私の視点から考えたことですが・・
 
 
 
宇宙には、ブラックホールにも吸い込まれることもなく、濃くも薄くもならず、一定に、宇宙の隅々まで広がっているエネルギーがあるそうです。
科学では、まだ、証明されていませんが、確かに、ある、のだそうです。
(宇宙項、ダークエネルギー、と呼ばれているそうです。)
 
 
 
話変わって・・
 
 
私は、ある時期、植物の意識を感じ取りました。
ベランダの鉢植えの金のなる木に、心の中で、(乾燥してるみたいだけど大丈夫?)と意識を向けたら(あなたは大丈夫なの?)
と、私の、ごちゃごちゃした意識の中に、金のなる木の意識?が、すっ、と入って来ました。
 
私の意識ではない、ことは、はっきりとわかりました。
それは、こちらが思っている、別の次元の優しさ、でした。
今はもう感じ取ることはありませんが・・
 
 
それから、もう少し遡ったある時。
電車の中で、いつものように、目を閉じて軽く深呼吸をしてたら・・
突然、私の頭がかぱっ、と開いて風がビュービュー吹き込んできました。(としか説明のしようがないのです。)
呆然としている私は、きっと変な顔をしていたと思います。
 
 
これらのことから、考えた事は、
 
全ての「物質」の中には、
宇宙に満ちている、エネルギーが入っている。
人間の私も生まれた時には入っていた。
 
物質の中に入ったエネルギーは、意識、と呼ばれるようになる。
それぞれの物質が持っている個性に染まり、個々でありながら、全てと繋がっているが、気付かぬうちに「閉じて」しまい、死ぬまで他の意識と交流しない人も多い。
 
 
私は、人生を半ば過ぎて、「開く」ことが出来たらしい。
 
物質が死を迎えると、意識はそこから出る。
物質にいた時の個性が、ゆっくりと消えて
エネルギーに溶けていき、宇宙の一部となる。
 
そして、大切な人のすぐそばにいるのと同時に、宇宙の果てで漂ってもいる。
死後の私の仕事は、宇宙を形作る1つとなること・・
 
今は、このように考えています。
願わくば、死の時、
納得して、安心して、
行きたいなあ~と思います。
 
そう思えるように、今は、せっせと日々の生活に取り組みます。
失敗したり、悔しかったり、嬉しかったりしながら・・
 
 
そして、何より、生きている今を楽しんで、ワクワクして。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年12月16日 (金)

第313号 「情けない自分を考えてみました。」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
 
今回は、
 
「主婦で週2日程の仕事を続けてきた私が、60才を前にして凡ミスを連発することの考察」
 
としました。
 
根本要因は私の気質、プラス「老い」ではないか?と考えました。
 
 
まず何があったかと言うと
 
・ミスしたのに謝らない。自分では「言い訳」と思ってない言葉を繰り返し、「謝る」ことに気がつかない。→ 客観的になれない。
 
・同じ間違いを繰り返す。
→ 覚えられない。覚えても忘れる。思い出せない。
 
・臨機応変が出来ない。
→ 自分の体内時計を「家庭時間」から「仕事時間」に切り換えてない。
 
・・・
 
 
頭の回転や身体の動きなどの「老い」は、突然やってくるものではなくて、気をつけてないと自分で気が付きにくい。
 
一番気づかないのは
 
「心の老い」 → 素直でなくなること。
 
ではないでしょうか?
 
 
何かが起こった時、人は、自分の経験の中から「正解」を見つけますが、
 
「年を取る = 経験豊富=正解を知っている」
 
と勘違いしてしまうと、
 
「もしかしたら、他にも正解はあるかも」
 
とは考えられない。
 
何故なら、自分には経験があり、正解はその中にある。
と脳が思い込んでいるから。
 
経験の豊富さが素直になるのを邪魔してる、ような。
 
 
で、私は、
とにかく、声に出して何度も繰り返す、
ことにしました。
 
「私はミスしたら、まず、謝ります。」
 
「私は体内時計を仕事時間に切り換えます」
 
声に出す、それを繰り返す、は固まった脳に、懸命に呼び掛ける、私の心、です。
 
 
昔、20代の頃、アルバイト先で50代の女性が自分のミスを謝りもせず、クドクドと言い訳を繰り返す姿を
(みっともないなあ~)って見てたのに・・・
 
 
 
今、自分が、そう思われてると、とても恥ずかしいのです。
でも、恥ずかしくても、カッコ悪くても、頑張って生きよう!
と思っています。
 
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年11月 4日 (金)

第307号 「人生で一番きれいだった日」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
 
先日、メールだけでやり取りしていた女性の方と、初めて会うことが出来ました。
 
その方は、メールだけのやり取りでも、全てが美しい、と感じられる方でとても会いたいけど、
会ったら私の醜い部分が浮かび上がるのでは?・・
と、少し、怖くもあったのです。
でも、そんな思いは実際会ったら消えてしまいました。
 
 
 
秋の1日、海風の渡る屋外で、ずっと歩いて、ずっと、話していました。
今、思い出しても、57年の人生で、一番綺麗な1日だった・・と胸が熱くなります。
 
 
40才の頃、私は、私の人生は、まあ、こんなものなんだろうなあ~と考えていました。
結婚して、子供もいて、贅沢しなければ生活にも困らない・・それなりに友人もいる・・
しかし、心の奥では、魂の震えるような「友」に出逢いたい・・と願っていました。
 
その後、嫁姑問題、母娘問題、と、本気で向き合わなければならないことが起こり(人生は甘くなかった!)私は、心を入れ換え、真摯に取り組みました。
その延長線上に、その方との出逢いがあったと感じています。
その方こそ、幼い頃から、人生を真摯に生きてきたのでした。
私は、人生の後半ですが真摯に生き直すことが出来ました。
 
 
 
今、していることが未来に続いていると実感しています。
これからも、「今」を丁寧に過ごします。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

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