カテゴリー「お お月見」の記事

2016年12月16日 (金)

第313号 「情けない自分を考えてみました。」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
 
今回は、
 
「主婦で週2日程の仕事を続けてきた私が、60才を前にして凡ミスを連発することの考察」
 
としました。
 
根本要因は私の気質、プラス「老い」ではないか?と考えました。
 
 
まず何があったかと言うと
 
・ミスしたのに謝らない。自分では「言い訳」と思ってない言葉を繰り返し、「謝る」ことに気がつかない。→ 客観的になれない。
 
・同じ間違いを繰り返す。
→ 覚えられない。覚えても忘れる。思い出せない。
 
・臨機応変が出来ない。
→ 自分の体内時計を「家庭時間」から「仕事時間」に切り換えてない。
 
・・・
 
 
頭の回転や身体の動きなどの「老い」は、突然やってくるものではなくて、気をつけてないと自分で気が付きにくい。
 
一番気づかないのは
 
「心の老い」 → 素直でなくなること。
 
ではないでしょうか?
 
 
何かが起こった時、人は、自分の経験の中から「正解」を見つけますが、
 
「年を取る = 経験豊富=正解を知っている」
 
と勘違いしてしまうと、
 
「もしかしたら、他にも正解はあるかも」
 
とは考えられない。
 
何故なら、自分には経験があり、正解はその中にある。
と脳が思い込んでいるから。
 
経験の豊富さが素直になるのを邪魔してる、ような。
 
 
で、私は、
とにかく、声に出して何度も繰り返す、
ことにしました。
 
「私はミスしたら、まず、謝ります。」
 
「私は体内時計を仕事時間に切り換えます」
 
声に出す、それを繰り返す、は固まった脳に、懸命に呼び掛ける、私の心、です。
 
 
昔、20代の頃、アルバイト先で50代の女性が自分のミスを謝りもせず、クドクドと言い訳を繰り返す姿を
(みっともないなあ~)って見てたのに・・・
 
 
 
今、自分が、そう思われてると、とても恥ずかしいのです。
でも、恥ずかしくても、カッコ悪くても、頑張って生きよう!
と思っています。
 
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年11月 4日 (金)

第307号 「人生で一番きれいだった日」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
 
先日、メールだけでやり取りしていた女性の方と、初めて会うことが出来ました。
 
その方は、メールだけのやり取りでも、全てが美しい、と感じられる方でとても会いたいけど、
会ったら私の醜い部分が浮かび上がるのでは?・・
と、少し、怖くもあったのです。
でも、そんな思いは実際会ったら消えてしまいました。
 
 
 
秋の1日、海風の渡る屋外で、ずっと歩いて、ずっと、話していました。
今、思い出しても、57年の人生で、一番綺麗な1日だった・・と胸が熱くなります。
 
 
40才の頃、私は、私の人生は、まあ、こんなものなんだろうなあ~と考えていました。
結婚して、子供もいて、贅沢しなければ生活にも困らない・・それなりに友人もいる・・
しかし、心の奥では、魂の震えるような「友」に出逢いたい・・と願っていました。
 
その後、嫁姑問題、母娘問題、と、本気で向き合わなければならないことが起こり(人生は甘くなかった!)私は、心を入れ換え、真摯に取り組みました。
その延長線上に、その方との出逢いがあったと感じています。
その方こそ、幼い頃から、人生を真摯に生きてきたのでした。
私は、人生の後半ですが真摯に生き直すことが出来ました。
 
 
 
今、していることが未来に続いていると実感しています。
これからも、「今」を丁寧に過ごします。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年9月16日 (金)

第300号 「お母さんと、幸せに生きるために」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
 
お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
以前メルマガで
 
「幸せに生きるために」
「自分らしく」
「周りと協調して」
 
と書きました。
 
 
今回は、それを具体的に、母と娘、の関係で考えました。
 
というのも、私自身が娘との関係で深く悩み、それを通じて、多くの友人たちもお母さんとの関係で悩んでいる事を知ったからです。
 
 
お母さんとの関係で、自分らしくありながら、お母さんと協調して生きるには?
 
 
1.もし、あなたが大人になった今でも
(どうせお母さんは私の気持ちなんて聞こうともしないんだから、勝手にやろう!)
または、
(お母さんの言うとうりにやっておこう・・波風立てないように・・)
などと過ごしているとして
 
2.それでも、出来れば、自分を主張しながらも、お母さんと仲良く生きていきたい。
と、ほんとうは願っているなら
 
3.お母さんと本気で向き合う覚悟、をする。
 
4.それには、まず、休養して、心を整える。
お母さんと向き合うことは大きく感情を揺さぶられますから・・。
 
5.それから、少しずつ、お母さんの「生い立ち」を「調べて」いく。
特に、お母さんと、そのお母さんとの関係を。
それから、お母さんと、その兄弟姉妹、お母さんとそのお父さん、お母さんとその夫との関係。
などを知っていく。
 
6.それから、あなたとお母さんとの関係をよく観察する。
何を言われるとあなたは傷つくのか、あなたが何を言うと、お母さんは辛い事を言うのか・・
 
 
でも、決して、お母さんを追い詰めないで下さい。
 
お母さんは、あなたを愛しているのです。
ただ、愛し方を知らないだけなのです。
人は、愛されたようにしか、愛する事が出来ないんです。
 
だから、私も、学びました。
 
 
そうして、お母さんを「知って」いくうちに、あなたの心のほうが先に変化していくと思います。
そこから先は、あなたと、あなたのお母さんだけの物語。
 
縁あって、お母さんと娘、として生まれた二人・・
すごい奇跡だと思うのです。
 
 
だからこそ、どうか諦めず、投げ遣りにならず、もう一度、お母さんと向き合って頂きたいと思うのです。
でも、悲しいことに、どうしてもお母さんが向き合おうとすらせずあなたを否定するのなら・・
 
 
もう、離れていいと思います。
お母さんの生い立ちを知ったなら、離れ方も変わってきます。
とても悲しく辛いことだけれど、お母さんという縛りから船を出し、自分の人生を生きて下さい。
 
私は、母親として娘を見守り、娘として母親を介護していますが、娘のために自分を忍耐し、待つ姿勢を持つことは納得していますが、母親のためには、自分の余力で出来るだけ、と考えています。
 
 
母には母の生命力がある。
生きてきた知恵もある。
 
 
そう単純に割り切れることではありませんが、軸を決めておくのは大事、ですよね。
 
 
どうか、良い人生を!お送り下さい。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年7月15日 (金)

第2901号 「相対性理論て何ですか?」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
突然ですが
 
ずーっと,
 
アインシュタインの相対性理論て、理解してみたいなあ~
 
と思ってました。
 
 
けど、真剣に調べることもせず、過ごして来ていたのですが・・
 
 
 
先日、娘の付き添いで通っているクリニックの待合室で、相対性理論を説明している雑誌を見つけました。
 
(どうせ私には理解できないよなあ~)
 
と思いつつ開いてみました・・
 
その雑誌は難解な理論を出来るだけシンプルに説明してくれているのですが・・・
 
解らない! けど、 面白い!
 
 
毎週訪れるクリニックの待ち時間の間、同じページを夢中で、何度も読み返して、
なんとか解って来たと思うことは、
 
・原子力発電のしくみ、
 
・太陽が輝き続けているしくみ、
 
・GPS機能のこと。
 
・私達のからだを作っている最小単位のこと。
 
などです。
 
 
そして、
これから知っていきたいのは
 
・宇宙のこと。
 
そのために、アインシュタイン方程式をメモ帳に書いて、折に触れて眺めています。
 
時間、空間、質量、エネルギーの関係をあらわしているそうなんですが、必死に考えを巡らせています。
 
 
ほんのちょっとですがアインシュタインの理論に触れて、方程式を見ていると
 
宇宙は、どのように始まったのだろう?
私は、何処から来て何処へ行くのだろう・・
 
と想いが深くなります。
 
 
 
生活の合間に、一瞬、遥か遠くまで行ってくる・・
そんな感覚で楽しいです。
 
 
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年6月17日 (金)

第287号 「目に見えないことを言葉で伝える」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
以前、メルマガ「経済活動と福祉」で
 
「目に見えないことを見えるように変換する、大切さ」のために「行動します。」
 
と書きました。
 
先日、小さなことですが、私にとっては勇気を出した大きな一歩で「行動」したので聞いて下さい。
 
 
 
私は、社会参加出来ていない次女を通じて、不登校、引きこもり、の子を持ち悩んでいる保護者の会に参加しています。
 
初めて参加した時に、その会の穏やかな雰囲気にすっかり安心して、「私の居場所」となり月一度のその会を軸に1ヶ月を過ごす、というサイクルを8年続けて来ています。
 
 
この頃、その会の「存在意義」を明確にしなければならない状況が出てきました。
 
私は、目に見えない「穏やかな雰囲気」が会の存在意義と考え、それを「言葉」という形にしてみよう、と行動しました。
 
保護者の会で手を挙げ、意見を述べました。
「私が考える会の意義は
穏やかで、話をしたくなる「雰囲気」を学ぶ場である、と思います。
苦しい気持ちのままでも話したくなる。
話が纏まらなくても、受け入れてくれた、と感じられる「雰囲気」。
 
受け入れられたと実感したら、次は、自分が「受け入れる雰囲気」を作っていくことを学ぶ場、であると・・」
 
 
話したことの全部が伝わるとは考えていません。
60%が言えて、40%理解して貰えれば良し!
 
何より「言えた!」のが嬉しかったです。
 
これも、メルマガで考えを整理してきたからかな、と思っています。
 
 
そして、主語を付けて相手に意見を求める話し方の大切さと同時に、感情の出しっぱなし、を受け入れてくれる場や友人を持っているかどうかで、人生の豊かさが変わってくると思っています。
 
 
 
どうか、安心な心の居場所を見つけて下さいね。
 
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年4月29日 (金)

第281号 「話をする時は『主語』を入れること」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
 
私は家族と過ごす時間が長い方だと思うのですが
そのせいもあってか、何かと注意を受けます。(>_<)
 
「お母さん、話をする時には、主語を言わないと何を言ってるのかわからないよ(`o´)」
 
というのも、その一つです。
 
 
家族に悪い所を指摘されるのは、腹立たしい。けれども、確かに、一理ある気もする・・
職場の人や友人も、口には出さないだけで
そう思っているかもしれない・・
 
と、面倒臭いなあ~という気持ちを忍耐して、自分を観察してみました。
 
 
すると、
主語を言わないで話す時は、相手の意見を聞きたいのではなく、
自分の感情(嬉しい、悔しい、など)を出したいだけ、のようだとわかってきました。
なので、その時は相手に
 
「何も言わなくていいから、ただ聞いて。」
 
と言うことにしました。
 
 
それから、相手の意見などを聞きたい時は、主語をつけるように気をつけています。
 
「私」が言った事、「長女」が言った事、「友人」が言った事・・
 
というように。
 
家庭で、これをやるのは正直、大変ですが習慣になるまで繰り返す、ことですね。
 
 
そして、これは、コミュニケーションの基本のように思えてきました。
 
「私は、こう考えますが、あなたは、どう、考えますか?」
きちんと書いてみるととても、美しいと感じます。
 
「自分がある。そして、あなたを尊重します。」
という意味になるのではないでしょうか?
 
大事なことだからと言って、完璧にやろうとは考えていません。
それこそ苦しくなりますから。
ただ、心がけるだけでも程よい距離感が持てる気がします。
 
 
 
近いからこそ、親しいからこそ「私」と「あなた」を意識して考える必要があるのでは・・
メルマガを書きながら、考えを整理出来ました(^O^)
 
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年3月25日 (金)

第276号 「経済活動と福祉のこと」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
 
天月先生のメルマガを読んで来て
資本主義の中で生きている、ということを認識するようになりました。
恥ずかしながら、やっと。
 
 
自分の生き方などを考える時にも、
 
お金を生み出すやり方はないか?
 
と考えるようになりました。
 
そうしているうちに
 
資本主義を使いこなしている強い人たちと、経済の流れからは、取り残されたような人たちがいる。
そして、それは、相対した構図になっている。
 
なぜなんだろう?
 
なんとか、アイデアを出して、弱者、と言われている高齢者や障がいのある人たちも、
少しでも経済の流れに乗るシステムは出来ないだろうか?
 
と考えるようになりました。
 
 
当たり前、と考えられている仕事が出来なくても
魂に染み入るような笑顔の人がいますよね?
 
 
そして、ある企業が、会社のイメージにと、人の心に染み入る笑顔を求めていたら・・
 
 
例えば、
それを繋いで、お金に変えるシステム。
 
経済と福祉が繋がって、末端の人たちにも
 
「自分にもやれることがあるんだ。」
 
と希望が湧いて来るような・・
 
こんな自分が、お金(たとえ少額でも)を作り出すことが出来るんだ!と。
 
 
一般の労働を
 
「福祉枠」
 
でやる、という考えを越えて、もっと、新たな発想で。
 
 
経済活動の盲点のような、隙間?のような所を、福祉が丁寧に見つけて、
そこに「当て嵌めて」いくような・・
 
経済活動のスピードは、一時、遅くなるけれどやがて、もっと大きな流れになっていくような・・
 
 
そして、経済活動の最先端で、充実しつつも疲弊している人たちも、ちょっと意識を変えるきっかけになるような・・
 
 
 
今回のメルマガは、少し、力が入ってしまい、纏まらないまま、気持ちが先行してしまいました。(>_<)
 
 
というのも、
成人して何年もたつのに、いまだ経済活動が出来ていない
我が娘やその仲間の人たちへの想いが根底にあるもので・・
 
娘たちには、他の人には真似の出来ない、素晴らしい特性があるのに、
それを客観的に、経済活動的に認められる術が見つからない・・
 
 
知って貰うにためには、目には見えないけれど、確かにあるものを感じ取って
それを「触れられるもの、目に見えるもの」に変換する必要がある・・
と考えています。
 
 
 
どうか、みんなが、良い人生を生きられますように。
 
 
私も考え、行動して行こう!と思っています。
 
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年2月26日 (金)

第272号 「気付きからの始まり」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
主婦になって、毎日、ご飯を作るようになって、26年。
この頃、やっと、美味しいモノが作れるようになったなあ~
と思えるようになりました。
 
 
 
以前、メルマガで、
 
「うどんのツユを作る時、よくかき混ぜると美味しくなる、とわかりました。」
 
と書いてから2年ほどたち・・
 
美味しいモノ、といっても、煮物やお味噌汁、なんですが、
ご存じのようにシンプルなモノほど、難しい!
 
今まで自分のがさつさに全く気つかず、
ガシガシ、ボンボン、という感じで作っていたのですが
 
義姉の丁寧なかき回しかた、
娘が切るじゃがいもの小さな角切り、
 
などを見ているうちに、少しずつ自分に何が足りないのかわかってきました。
 
優しく、力を入れず、細やかに・・丁寧に。
心を荒らさず、静かに。
 
としているうちに、
仕事のリラクゼーションマッサージも変わってきました。
 
 
まず、考えました。
 
私は、心地よく的確に施術したい。
そのために自分に備わってるモノは?
足りないモノは?
それを補うためにはどうすれば良いのか?
 
相手の感覚に良し悪しを委ねる行為には、理性で学び、考え抜いた、具体的な方法を繰り返し練習すること。
まるで、たまたま置いた手のひらが、心地良いなあ~と感じて貰えるように・・
 
人間関係でも、柔らかく過ごす中にも、大切な核を外さないように・・
 
 
学びは、どこにでもあるのですね。
 
 
 
人生の後半に入り、老いていく、ことも実感していますが、
何歳になろうと
 
「気付いて、変わろう」
 
とする自分でありたい、と改めて思っています。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年1月22日 (金)

第265号 「眼差しの向こうには・・」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?
お月見です。
 
 
我が家には2年程前から、セキセイインコがいまして、
名前は、ぴー助、と言います。
 
ペットを飼っている、というより、
家族として共に暮らしている・・と言ったほうがしっくりします。
 
 
家に人がいる時は、なるべくカゴから出して部屋の中ですが自由にさせていているので、
誰かの肩の上で歌ったり、喋ったり、いたずらしたりしています。
 
具合が悪くなった時は、タクシーを乗り継いで小鳥を診てくれる医者まで連れて行きました。
娘がひとりで泣いていた時には、心配そうに娘の顔を覗き込んで、じっとしていたそうです。
 
 
こうして、ぴー助は家族になっていきました・・
 
 
朝日のあたる部屋の中で、ぴー助は、
夫の肩の上で遊んでるな~
と、ふと、見ると、
 
実は、私を、じっと見ていた、ということがよくあります。
黒い、小さな、まん丸な目を、私に向けているのです。
 
その眼差しから、ぴー助がどんな気持ちでいるのかを想像してみるのですが、
どうしてもわかりません。
(わからないのは当たり前??)
 
 
それでも、その小さな黒い瞳の眼差しを見続けていたら、
宇宙の入り口のように思えてきました。
 
小さなセキセイインコの、黒い小さなマルの向こうには宇宙があって、
黒いまん丸は、実は窓で、向こうから、何かが?誰かが?覗いているような・・
 
そして、それは、とても、しん、
としているな・・
 
などと、楽しそうに飛び回るぴー助を見ながら、思っています。
 
 
 
小さな、小さな生き物を、大切に想う。
この気持ちがあると
 
しっかり生きていかなくちゃ!
 
って思えますね。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2015年10月23日 (金)

第251号 「心の旅の途中で」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
 
今回は、「老い」のテーマからは外れるのですが、
私にとって大事な出来事、があったので書きました。
 
 
 
(以前から書いている)長く精神不安定で家に籠って生活している23歳の娘のことです。
猛暑が過ぎた秋口から状態が悪くなり、眠れない、髪の毛を抜く、
「自分のことが大嫌い」という気持ちに支配されて苦しい日々です。
 
 
そんな中での、精神科主治医との会話。
 
主治医「なぜ、自分のことがそんなに嫌いなのかな?」
 
娘「!?・・何でだろう?」
 
 
診察後、私と娘でお茶をしました。
いろいろ話しているうちに
 
 
娘「私は子供の頃、いつも怒られていたけど、どんな悪い事をしたの?」
 
私「あなたは言う事を聞かなくて、確かによく怒ったけど・・何をしたんだっけ??
原因は思い出せない・・」
 
娘はショックだと言いました。
自分はいつも怒られていた。
よっぽど悪いことをしたんだ、だから、自分は悪い人間、生きている価値のない人間、
そんな自分は大嫌いだと思っていた・のに、
母親が原因を思い出せない、ということは、それほど重大なことをしたわけではないのか・・
 
 
私「私が怒って、家から出て行きなさい!というと、あなたは『はい、わかりました。』と謝りもせず、泣きもせず、シレッと出ていく子供だった。余計に腹が立ったよ」
 
娘「その頃の自分は、何を怒られてるか解らないけど、出ていけ、と言われたから素直に出ただけなんだよ。」
 
 
これらの会話から、娘は
 
1.自分は、自分が思っていたほどの悪いことをしたわけではなかったらしい。
 
2.小さい頃の自分は、自分の心を説明することも知らなくて、誤解されて可愛そうだ・・
 
 
と思うそうです。
 
 
 
問題が一気に解決する、ということは滅多にありませんが、
この、娘の『小さな気付き』は娘と私の心の旅にとって、大きな意味がある!
と思っています。
 
 
 
何か、みなさんにとっても参考になれば幸い、です。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 

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