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2018年3月30日 (金)

第375号 「愛鳥ぴー助が逝ってしまいました」

<今回の執筆者:お月見>
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こんにちは。
お元気でお過ごしでしょうか?お月見です。
 
夫は、会社を休職~退職、に向けて現在進行中です。
母のこと、娘のこと・・
 
そんな中で、家族の一員だった、セキセイインコのぴー助が、1月に、突然、死にました。
ペットロスと言うのでしょうが、ただ、ただ、呆然と、なんとか日常を送っています。
 
なんで、こんな気持ちになるんだろう?
整理はつきませんが、前に進むために考えてみました。
 
ぴー助は、私の心の核に触れてました。
 
日々を送るなかで、気づかぬうちに、神経をすり減らし、やっと、1人になって、座り込むと
「待ってました!」
とばかりに、ぴー助は、籠から飛び出して私の肩で歌い、うとうと居眠りする私の鎖骨の辺りでのんびり毛繕いをしてました。
 
この世界に、一人ぼっち、と何故か、激しく孤独を感じる時、ぴー助は、一緒に居てくれました。
 
それは、永遠に続くような
いや、次の瞬間には無くなってしまうことなのだから、
覚悟をしてなきゃ・・
 
と、いつも思ってたのですが。
 
ぴー助は、突然死んだのではなく、寿命だったのだと、解って来ました。
昨年末から、具合が悪くなっていましたが、春になって暖かくなれば、元気になると楽観してました。
でも、実は、かなり老いていたのでした。
 
大きな自然の、目に見えない膨大なパワーと、ちっぽけな私との間に居て繋げてくれていた。
その、架け橋の存在だったぴー助が消えてしまって、
 
 
「自然の存在」は以前より、一層、解るのだけれど、
私とは、切り離されたところで輝いているような・・
なんだか、大自然のパワーに手を離されて、見放されてしまったような、
それで、迷子の子供のような気持ちになってるのかも。
 
という考えになって来ました。
 
ぴー助のからだの重さは、卵1~2個、くらいだったと思います。
 
その、小さいけれど、ずっしりと感じていた重さ、が、
今、私の肩に無いことがとても、とても、寂しいです。
 
でも、あくまでも、これは、私の心の中のこと。
 
 
ヒトとして、大人として、社会人として。
主婦、妻、母、娘、として
懸命に生きて行きます。
 
 
 
聞いて頂き、ほんとうにありがとうございました。
 
 
 
 
 

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